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東京から妙高までを1日で帰る

あれは大学1年生だったと思う。

はじめての大学生活。一年目の前期が終わろうとしている。そしてもうすぐ夏休みが始まる。


夏休みが始まると同時に寮は解散。みんな一度自分の実家に帰るのだ。そんなとき私は自転車で家に帰ろうと思い立ったのである。前々から心のどこかでやってみたいと思っていたので、これはいい機会だと考えすぐ実行に移した。


周りの人に言うと「1日じゃ無理だろ。」と答える人もいたが、それが逆に私の闘志に火をつけた。「絶対1日で帰ってやる」と。

その日に急いで父に自転車を送ってくれと連絡。自転車が東京の日野市南平寮に届き、その他の食料だったり携帯の充電器だったり、もろもろの準備を整える。


そして出発前日。結局のところ寮のみんなが応援してくれた。とても嬉しかった。そしてなぜかわからないけどものすごく胸が高鳴った。


ワクワクして眠れない。

時計を見ると朝の3時。もう待ちきれないので出発することにした。


早朝だというのに、僕の部屋長である健太郎さんと、同期が見送りまでしてくれた。

僕の真夏の大冒険の幕開けである。携帯でルートを検索して小さなリュックを背負い、寮の門を出る。周りは真っ暗で小さなライトとGoogleマップを頼りにペダルを踏む。


自分の実家まで260km以上。ゴツゴツのタイヤだったので時速18kmで進む。半年間過ごした東京にもいろんな思い出が出来ていた。自転車を漕ぎながらその思い出に浸った。僕の住んでいた日野市は、自分の好きな映画の一つである「耳をすませば」の舞台、聖蹟桜ヶ丘に近かったこともあり、映画のシーンに自分を重ねてノリノリで自転車を漕ぐのであった。


走っている時ある異変に気づく。なんだかおかしな道ばかりを案内される。階段だったりものすごい狭い路地がやたらと現れるのだ。


そう。当時の私はGoogleマップの使い方をしっかり理解していなかった。本来であれば車でのルート検索をして有料道路を回避するオプション設定にすればいい。しかし使い方がよくわからなかったので歩行者モードでのルートを検索していたのだった。

あたりもすっかり明るくなり、周囲の温度はどんどんと上昇して僕の体力を奪っていった。


群馬県あたりを漕いでいた時だ。歩行者モードだったので気づいたらキャベツ畑の農道を走っていた。あたりに自販機すらなく、自分の持っている水も残り少なくなっていた。


なんだか足が重い。


すると次の瞬間片足が攣って動かなくなる。ここで止まるわけにはいかないと片足だけでしばらく漕ぐのだが、立て続けにもう片方も攣ってしまい両足伸び切った状態でそのまま横に倒れてしまった。今思い返しても実に滑稽な姿である。けど内心ものすごく焦っていた。これはひょっとして熱中症になって死んでしまうのではないか。


周りには誰もいない。畑ばかりで人通りも殆どない。急いで水を買えるところを探し、ようやくコンビニを発見。心は安堵でいっぱいだった。日本のコンビニとは実に便利なものだ。一つあればそこでなんでも揃ってしまう。


準備を整え、この自転車大冒険の難所である碓氷峠に向かう。距離にして10数キロの登りが待っていた。


最初のうちは順調だった。しかしながら途中で体のエネルギーが枯渇してしまい、全く自転車を漕げなくなってしまったのだった。100m進んで止まる。100m進んで止まる。そんなことを繰り返しているうちにようやく魔の峠は終わりを迎え、軽井沢に到着。よくスキーで来ていたこともあって、ものすごい安心感のある街だった。すぐさまセブンイレブンに立ち寄り、パンを食べられるだけ購入。


コンビニの壁に背中を預けながらパンを貪る。なんと美味いことか。夢中になって食べていると、どうやら眠っていた。自分でも驚く。パンを食べながら寝ていたのだ。


その時の記憶は殆どないのだが、コンビニの店員さんに心配されて声をかけられて気がついた。相当疲れていたに違いない。

けれどこの休息で身体はずいぶん回復した。


残り半分くらいだろう。気合を入れて自転車に跨った時、尻にとんでもない激痛が走る。


よく自転車なんかを漕ぐと尻が痛くなるが、それが何倍にもなっていた。


痛くて座れない。

けど座らないと帰れない。


そこでリュックに入っていたタオルをサドルに巻きつけて座ることにした。

意外と痛みを和らげてくれたのでなんとか座れた。幸いしばらく降り道が続いた。

気がつけば長野県。もうすぐじゃないかと思っていたのだか、ここからが気の遠くなるほど長い道のりだった。


漕いでも漕いでも同じような街の景色が延々と繰り返される。半分は越えていたと思うが、全く進んでいる感じがしない。あたりもだんだん夕方が迫っていた。


黄昏ていく空。

隣を走る電車。

これに乗って帰っちゃおうかな。。。

何件も通り過ぎたビジネスホテル。

ここで一晩泊まっちゃおうかな。。。

心の悪魔が僕に囁く。


けど結局電車には乗らなかったしホテルにも泊まらなかった。気がつけばあたりは殆ど真っ暗な状態。街を抜けていたので周囲は森。おそらく牟礼くらいだったと思う。

相変わらずGoogleマップは歩行者ルートのままで、すごい道ばかりを案内してくる。

周りは真っ暗。突然右折してくださいの指示。右を見るとホラー映画に出てきそうな怖い小道。


怖すぎたので大きな道から外れないように進んだ。それでも街灯が殆どない森の道はとんでもなく怖い。

時々通り過ぎる車が物凄くありがたかった。


けど自分は疲れと恐怖で発狂寸前。

夜の森だというのに、あまりに疲れていると周囲に人の気配を感じてしまう。近くに人がいるようなそんな感覚を持ちながらずっと漕ぎ続けた。


そして出発してから17時間くらいが経った時、なんだか見覚えのある景色が突然目の前に現れる。


信濃町のシマムラとかコメリとかがある交差点だ。あの時の喜びは今でもはっきり覚えている。


途中漕いでいる時、これは本当にたどり着くのだろうかと自分を疑ったりしたのだが、気がつけばもうゴール目前まで来ていた。


体はぼろぼろ。

息をするのさえ苦しい。

けど喜びには勝てなかった。

最後は笑顔いっぱいで家に到着。

朝の3時に出発して到着したのが夜の8時半だったと思う。17時間半も自転車を漕いでしまった。


またやろう。




写真にもリンクが貼ってあります



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